野田市の偉人で終戦時首相の鈴木貫太郎
孫娘(93歳)の講演会と映画を鑑賞

  • LINEで送る

今年は、終戦から80年であることから、先の戦争を考える色々な企画がありました。DF柏の会の5人は、8月最後の日、猛烈な暑さ(多分37℃以上)の中、東武線野田線の愛宕駅に集合し、千葉県野田市の企画会場に参じました。

参加した企画は、野田市主催の 鈴木道子氏『祖父・鈴木貫太郎孫娘がみた終戦内閣の素顔』と映画『日本のいちばん長い日』の上映でした。既に、入場整理券は、事前完売の人気でしたが、キチンと入場出来ました。

鈴木貫太郎は、終戦時の首相で、8月15日の天皇陛下の玉音放送後、終戦の決断を果たした事で、内閣総辞職した。その後は、千葉県関宿(野田市)の自宅で農業、特に酪農に従事し、1948年に80歳で死去。鈴木道子さんは、2.26事件襲撃や終戦の決断などの激動に時代を生きた元首相の姿を、見てきた元首相の孫娘でした。

道子さんは、現在、93歳ですが、約1時間の講演をしっかり行いました。その講演の中で、最後の病床で、元首相は、「永遠の平和」を2度つぶやいて亡くなったとの話が秘話としてだされました。

講演に続いて、映画「日本のいちばん長い日」を見て、8月初めの終戦に向けた、陸軍と首相の本土決戦VSポツダム宣言の受入の駆け引きや天皇の役割りを時事刻々描く映画でした。鈴木道子さんの話した状況が生々しく描かれて、「大変な激闘を克服して、終戦を迎えたこと」を改めて強く認識しました。
その後は、近くの蕎麦屋に移って、生ビールで喉を冷やしながら、日本の終戦に向けた生々しい軍部と内閣の死闘があったことがあって、今があるのかと思い、80年前の8月15日も相当暑つかったのでと勝手に推測しながら、各自それぞれの思いを蕎麦とビールを傾け、次の再会を期して散会しました。

なお、参加した人から、次のような感想がありました。

藤村俊夫さん
映画では、刻一刻と激動し緊張する場面場面で、もしも私自身が、それぞれの登場人物の、その立場にいたなら、何を根拠として、何を考え、具体的に何を発言し、どの様に行動したのか、出来たのか、出来なかったのか、大いに考えさせられる重い映画でした。

嘉屋正道さん
戦争を終わらせることが如何に難しいかを身に染みる思いで映画を見終えました。天皇陛下と鈴木貫太郎首相、鈴木貫太郎と阿南陸軍大臣の人間関係、お互いの信頼関係があって終戦のあの日を迎えたことに感動しました。
孫娘の貴重なお話と映画、来て見て本当に良かった。お孫さんの話から映画、歴史の厳しい事実を改めて知ることができ、感動の1日でした。
蛇足ですが、鈴木貫太郎元首相の戦後の復興は農業との熱意で野田市(関宿)で始めた、酪農は、昭和40年(1965年)ごろには、2000頭にも達していたとのことです。やはり戦後の復興はまず「食」と考えていたのではと思います。

以上(宮崎泰雄)

  • LINEで送る
pagetop