DF鎌倉会主催「江の島散策会」

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5月15日(金)の初夏の陽気の下、DF鎌倉会主催の「江の島散策会」が開催され、参加者6名が江ノ電・江の島駅をスタートし、江島神社発祥の地・岩屋までの往復のフルコースを堪能しました。夕方、3名がWINE SHOPでの夕食会から合流し、愉しいワイン会となった。

辺津宮、中津宮、奥津宮という3つの神社から江島神社が成っており、昔から島江体が聖地である。 江の島を上空から見ると、「ひょうたん」の形をしているのを皆さんご存知だろうか?

歌川広重の浮世絵

5月15日(金)13時に江ノ電・江の島駅前にまず金井、岸田、藤谷、菅原、平井の5名が集結た。平日にもかかわらず、観光客で込んでいる。半分以上がインバウンド。
ここで見ず知らずの若い女性にお願いして携帯カメラのシャッターを押してもらって最初の記念撮影。

既に気温は20度超え。沖縄の神社巡りで足首を痛め、2本ストック歩行の菅原さんのペースに合わせてゆっくりと洲鼻通りを江の島方面へ。 

最近新しいお店が開店しているが、面白いところでは「射的」とか「金魚すくい」のお店が繁盛していることだ。

両側の海を見ながら400m近い弁天橋を渡る。東側には逗子マリーナから葉山にかけて、さらに三浦半島の先端まで見える。西側には長い砂浜が続き、相模湾の先には真鶴半島へと続いている。

今年も5月~6月に掛けて「トンボロ」(イタリア語、砂州、干潮時に時々現れ、歩いて江の島に渡れる)が時々見られるが、当日は残念ながら午前中に終わったようだ。                                 

仲見世通りの始まりは「青銅の鳥居」から。江戸時代に江島神社への多くの寄進によって造られたという。

大黒屋勘四郎とか扇谷右衛門などと、商人や吉原の花魁などの名前が書き連ねてある。見上げると「江島大明神」の扁額が。昔から仲見世通りの幅は1.5間。

込み合ってきた間をゆっくりと歩く。
緩やかな登坂の途中有名な「岩本楼」で暫し立ち止まる。

ここはその昔一帯を差配した「旧岩本院」の変身した姿。洞窟風呂が有名。
                                              

仲見世通りの終点の 「朱の鳥居」を過ぎると急な階段がたくさん続くので、脚に支障がある菅原さんは、ここからスタートする「エスカー」(日本最初の屋外エスカレーター)を3本乗り継いでサムエル・コッキング苑で合流するべく一旦グループと別れた。

健脚4人組は、杉山検校像と福石→辺津宮→奉安殿へ。

奉安殿は夢殿を模した朱塗りの八角堂で、「八臂弁財天」と「妙音弁財天」の2体の弁天様が鎮座なさっている。

「妙音」の方は所謂弁天様だが、「八臂」の方は剣を持っていかつい感じなので、弁天様のイメージとは少々異なる。

八臂弁財天

1964年に開催された東京オリンピックの時にヨット競技会場となった関係でマリーナが整備され、それらの景色を一望できる展望台にて記念撮影した。

備え付けの撮影台があり、タイマーで撮ったのが右の写真である。

左から、平井、岸田、藤谷、金井

次は「サムエル・コッキング苑」に入ったが、アートフエステイバル期間中は昼間は入場料無料でラッキー。明治時代にアイルランド人のコッキングが煉瓦造り温室を築き、沢山の花を植えた。

そして江の島のシンボル、「シーキャンドル」に登った。

最上階から更に屋上に階段で上がると、360度のパノラマの眺望が最高!

茅ヶ崎沖の「烏帽子岩」もはっきり見える。

三浦半島の突端から相模湾も一望の下に。
心地よいそよ風に吹かれて最高の気分。
 
ここで鎌倉に長年住んでいる真瀬さん合流。
一生で2回目の展望台登頂とのこと。

いよいよ江島神社最後の奥津宮。

この拝殿の天井には江戸時代の画家であある酒井抱一が描いた「八方睨みの亀」が掛けられており、確かにどこから亀を見てもこちらを睨んでいる。

辺津宮のお隣に「龍宮(わだつみや)」という比較的新しい社がある。

この社の真下が岩屋であることから、新しいパワースポットとして人気が出て来た。
曰く「縁結び」に効果あり、と。

奥津宮から稚児が淵への所謂「岩屋道」の途中には、昔海食洞があったが崩れて断崖絶壁になった箇所がある。

そこが丁度江の島を二分する境となっていることから俗に「山ふたつ」と呼ばれている。

上から下を覗き込むと、流石に吸い込まれる気分になる。                         

岩屋道の終端の急な階段を降りると、そこは「稚児が淵」と言われてる平坦な岩場で、釣りのメッカでもある。但し、気を付けないと時に荒波が来て釣り客を沖まで流して行ってしまう怖い岩場でもある。

昨年9月に母子が岩屋周辺で溺れ、母親が亡くなったし、今年3月に「第二岩屋」付近の岩場で20代男性が海に転落して死亡する事故が起きている。
波が静かであれば、「稚児が淵」から江の島入口まで「べんてん丸」という船が出t復路は便利なのだが、よく欠航する。

そして最後の目的地である「岩屋」へ。ここは弘法大師や日蓮上人も修業したと伝えられている。
入場料500円で第1岩屋(152m)と彩2岩屋(56m)のふたつの洞窟に入れる。

第1岩屋が江島神社の発祥の地と言われており、古代の祭祀の跡が残っている。
第2岩屋の一番奥には「龍神」が祀られており、時々「ガオー」を吠えている。              
ここで夕方用事のある金井さんがグループを離れ、帰宅の途に就かれた。

復路は、岩屋道から奥津宮へと戻る途中のT字路を左に折れて「下道(しもみち)」を行く。この道は江の島の住民の生活道路で、小さな駐車場には車ではなく沢山のバイクが並んでいる。

若干のアップダウンしかなく、階段は一切無いので、岩屋まで頑張った人にはとても優しい帰り道になっている。途中、綺麗な片瀬西浜や片瀬漁港を見渡すことができる。
この道の終点は、最初の神社である辺津宮の横、社務所と交番の脇に出る。                 

日露戦争で日本を勝利に導いたと言われている児玉源太郎陸軍大将を祀った「児玉神社」は、当時台湾や日本の篤志家が寄付をして建立したと言われている。

どう露西亜と闘うか日々頭を悩ましていた児玉参謀次長は時々鎌倉に静養に来ていたが、多くの人の知るところとなって静かに黙考できない。そこで児玉は一人そっと江ノ島に逃れていたそうである。

その姿を見た島民がいささか訝しみながらも見守ったというエピソードがある。そんな訳でこの江の島に大正時代に児玉の遺徳を偲び建てられた。

しかし財政難からか最近競売に掛けられて、不動産リゾート会社が落札したとの噂があるが、真偽の程は確かではない。

インバウンド客でごった返す仲見世通りでは、旭屋本店の「たこせんべい」が飛ぶように売れている。
いつも小さなお店の前には長蛇の列ができている。焼きたての熱々を頬張るのがいいらしい。

江ノ電江の島駅から鎌倉行に乗って一つ目の「腰越駅」で下車し、真正面の「KINO WINE SHOP」に入る。もう既に平尾さんが到着して今か今かとお待ちかね。

私たちのミッション・コンプリート組は喉がカラカラで、待望の生ビールに口をつけた途端に、鎌倉会メンバーである鈴木さんと鴨下さんが到着し、時間通り5時半から夕食会が始まる。

このお店のオーナーである木下さんからワインの紹介を受け、いよいよワインパーティが始まる。
江ノ電とのコラボのワインや、甲州ワイン、シチリアワインを沢山空けつつ、ピザやチーズや沢山のお料理も盛りだくさんで話も弾み、愉快なひと時があっと言う間に過ぎて行った。

以 上(鎌倉会 平井隆一「江の島散策」幹事)

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