ジャズ同好会
蒲田の老舗ジャズ喫茶「直立猿人」を探訪

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日本特有の〈ジャズ喫茶〉を世界に紹介した1冊の写真集がある。書名は『TOKYO JAZZ JOINTS』。JOINTは「店」の意味だ。アイルランド人写真家が日本のジャズ喫茶76店の写真を撮り、ドイツの出版社から3年前に英語版が出された。この種の写真集としては世界で異例の売れ行き。この本の日本語版が逆輸入のような形で昨年夏に刊行され、今年1月、我らジャズ同好会の新年会に世話役の國安さんが持参された。

飲みながらこの本を回覧する中で、春にジャズ喫茶を訪れる探訪企画がスタートした。
國安さんが選ばれたジャズ喫茶は、この本の表紙写真を飾っている東京・蒲田の「直立猿人」。

ジャズ喫茶が全盛だった昭和50年に営業を開始した文字通りの老舗だ。探訪の日程は4月11日(土)と決まり、國安さん・大橋さんのご尽力により、最寄りのうなぎ屋「寿々喜(すずき)」で腹ごしらえをする段取りも組まれた。参加者は日程の都合がついた8人〈國安、小西、平井浩二、大橋、山田、藤谷、萩野、国谷(敬称略)〉

探訪前段のうなぎ屋ーー。由緒あるジャズ喫茶を訪れる前にふさわしい風格を備えていた。戦前は神田明神下にあり、昭和20年にこの地に移転してきたという。集合時間の夕方5時半、2階に通された席は畳敷き。我ら一同は畳に直接座るのはかなり苦手の年代になっている。

料理は希望に応じてコース料理などを頼んだ。意外にテキパキと配膳が進み、なんと入店30分も経たないうちに、コース料理の大半が出されてしまった。コース最後のうな重などは配膳を遅らせてもらい、直立猿人予約の7時半前まで日本酒などをたっぷり注文。戦後日本のテレビ談義などを重ねながらゆっくり歓談した。

うなぎ屋を出た直後、店の前で記念写真。通りすがりの地元の若き女性が「撮ってあげましょう」と声を掛けてくる。結局この人と一緒の写真も撮影。これも蒲田商店街の和やかな一面か。

この日メインの直立猿人は、うなぎ屋からほど近いビルの3階にある。ビルに着くと、狭い入り口から急な階段がみえる。直前にうな重を味わいながら、國安さんが「直立猿人のビルの階段は急だから気をつけて」と話していたことを思い起こす。

直立猿人の看板とビル階段

直立猿人の中に入ると、ステファン・グラッペリのジャズ・ヴァイオリンが聞こえてくる。2代目店長の石崎マスターに迎えられ、決して広くない空間に我ら8人着席。

ウイスキーなどを注文したあと、何はともあれ店の名称になっているチャールズ・ミンガスの『直立猿人』を最初にかけてもらった。

ぐいぐいと引っ張られるような感覚のサウンドが店内に響く。

聞いている間に、レコードを順次リクエスト。石崎マスターは、壁一面の棚に所狭しと並べられたLPを手際よく探し当てる。順にかけてもらったLPは、クリフォード・ブラウン、ハービー・ハンコック、ソニー・ロリンズなど。

1時間ほど経った頃だろうか。入り口の扉から4人の外人客がどっと入ってきた。石崎マスターが「すみません、今日は貸切なんで…」と断ろうとしたが、その中の1人がマスターにLPレコードをすかさず渡し「これはあなたにプレゼントだ」と語りかける。

あっけに取られた我々が会話を聞いていると合点がいった。この外人は昨秋、ここ直立猿人を訪れてリクエストしたがそのLPがなく、2回目に来たこの日、持参してきたのだ。そのLPは、エレクトリック・ベースの革命児とされるジャコ・パストリアスのアルバムだ。「おー、ジャコか‥‥」と我々からも感嘆の声が上がる。

4人の外人客は2組の夫婦で、メキシコ西岸・最北端のティファナから観光で訪れたという。どうやら、例の写真集を見て、昨秋この店に初めて来たようだ。4人はカウンターの席に座ったが、LPを渡した年配の1人が椅子をくるりと回し、我々に向き合って気さくに英語で話しかけてくる。

「店長にあげたLPのジャコが大好きなんだ。デュプリー・ボルトンのトランペットもいい」
「ヴェロニカ・スウィフトは知っているか。素晴らしい女性ヴォーカリストだ」

彼はときどきスマホの画面をかざした。なんと日本語の表示。AI翻訳だろう。旅行もずいぶん手慣れているようだ。ジャコの曲がかかる中で会話が弾み、時はあっという間に流れた。

最後にクラリネットの達人、北村英治の『ビコーズ・オブ・ユー』をマスターにかけてもらう。軽快なクラリネットに拍子をとるメキシカンたちに別れを告げ、急な階段を慎重に降りて直立猿人を後にした。9時半前に蒲田駅で散会。うなぎとジャズ、インターナショナルの出会いに堪能した一夜だった。

日本全国の主なジャズ喫茶を紹介した写真集『TOKYO JAZZ JOINTS』は、日本で2025年8月に青幻舎から発売された。写真右はドイツで発刊されたオリジナルの英語版。

『TOKYO JAZZ JOINTS』(日本語版と英語版)

以 上(国谷和夫)

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