東アジア放談会 第2回会合

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日 時2025年10月1日(水) 15:00~16:50
場 所スタジオ751
参 加14名(内オンライン4名)


東アジア放談会第2回会合は10月1日に開催されました。

「日本人がこれまで中国に遺したものにはどんなものがあるか」は、当同好会のメイン・テーマのひとつですが、その具体的な例として今回、会員の菅原さんにお願いして、「日本と中国を映画で繋いだ人々」と題して日中戦争の頃から現在の日中の映画交流までの流れをお話ししていただきました。

菅原さんはDFで国際・地域・映画等多方面にわたり活動されています。同氏は鎌倉にある川喜多映画記念館での鑑賞がきっかけで、中国映画と日本の関係にも興味をもたれました。今年の5月にはハルピン、長春へ旅行され映画鑑賞もされています。

中国は今や世界第2位の映画大国ですが、その礎に実は、松竹と東和(後の東宝東和)の創始者という日本の映画関係者達が1930年代に及ぼした影響があるという物語から、放談会が始まりました。

東アジア地域に造詣が深い人や興味を持っている人の集まりの当会ですので、当時の関東軍と映画についてはご存じの方々も多かったのですが、菅原さんのお話には、参加者の方々から新たな気づきを得られたという称賛の声が多数あがりました。
 
日本近代史上、甘粕正彦をトップとする満州映画協会(満映)はドイツの最新機材を輸入する一方、松竹蒲田撮影所の閉鎖で失業した人材を大量に採用したことでー日本の宣伝臭の強い内容はともかくー技術的に優れた映像を残すことができたようです。その撮影所が中華人民共和国に継承されたという歴史のアイロニーを参加者全員が感じました。

一方で、東和の創始者の川喜多長政氏は中国に対して独自の考えを持ち、上海租界に拠点を構える中華電影を起こします。同社は自由主義的な雰囲気を持ち、満映と距離をとりながら娯楽作品に注力しました。李香蘭(満映所属)、原節子等当時の有名女優を起用し、独自の活動を展開しますが、一時、日本陸軍等の圧力を受けます。ただ、今も中華電影は満映と違って多くの作品がDVDで残されているというのは驚きでした。

菅原さんからは、最近話題の「南京照相館」も、抗日作品としてのみ考えるべきでなく、精神的に奥が深いのではないかという視点からの解説、中国の映画ビジネスの厳しい現実、巨大なI-Maxスクリーンが隆盛を極めている状況や日中映画人士の交流が盛んになってきた様相についても紹介されました。

参加者の方からは、満州映画に足跡を残された岸富美子さんのお話、中国の若者の間のネット情報が映画のプロパガンダを凌いでいるのではというお話等様々な視点から映画をめぐる話題がでる放談会となりました。

最後に10月21日から27日まで東京日本橋のTOHOシネマズ日本橋で2025東京・中国映画週間の開催がご案内されました。川喜多長政氏の思いが現代に花開く形で開催され20年続くイベントです。厳選された中国作品が放映される予定です。皆様もお時間があれば、是非、足をお運びくだされば幸いです。


以 上(宮田顕)

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