2025年9月20日、25名の会員とご家族の参加を得て、第55回観劇会を新国立劇場の歌舞伎公演で持ちました。
演目は、「仮名手本忠臣蔵」の二段目桃井館、力弥使者の場、松切の場と九段目山科閑居の場の完全上演というユニークな企画でした。



二段目と九段目を直結することによって、足利直義公の饗応役の同役である塩谷判官家の家老大星由良助と桃井若狭助家の家老加古川本蔵の両家族の交情から一転しての対立・葛藤、そして悲劇的な和解と調和へのホームドラマの輪郭が明確になり、「仮名手本忠臣蔵」の本質が見えてきます。
大星家の長男力弥と加古川家の娘小浪は、花も恥らう許嫁の仲でした。塩谷判官の刃傷事件による塩谷家取り潰しによって両家は一転して対立関係に転じます。本蔵は高師直に賄賂を呈して主人の危機を救いますが、そのことが師直の癇癪の矛先を塩谷判官に向けさせ、判官の刃傷のトリガーとなり、あまつさえ判官を抑え、二の太刀を阻止しました。
武士としての忠義が娘小浪の幸せを無にしてしまいました。今や、加古川本蔵は大星家の主君の敵です。婚約の履行を求めて由良之助の山科の閑居を訪ねた加古川家の親子三人に、力弥の母お石は本蔵の首を引き出物に差し出せと迫ります。本蔵の選んだ道は、娘婿力弥に敵として討たれ、娘の嫁入りを可能にすることでした。
武士の大義よりも、娘と家族の幸せのために命を捨てた本蔵に当時の観客は共感し、涙したことでしょう。武士の命は主君のもので、家族の物ではない武士の世界で、本蔵は忠義より人情を選んだのです。義理(忠義)より人情に生きたいのが江戸の庶民の願いでした。歌舞伎や人形浄瑠璃の小屋はその願いをかなえてくれる場所だったのでしょう。
実際の松の廊下刃傷事件では、梶川某が浅野内匠頭を羽交い絞めにしましたが、彼は通過者にすぎません。「仮名手本」の作者達は、この通過者をヒントに加古川本蔵という重厚な人物を創造しました。280年前の大阪は道頓堀の作者達に賞賛と尊敬の拍手を贈りたくなります。
出演は、本蔵に梅玉、由良之助に鴈治郎、大星妻お石に門の助、本蔵妻戸無瀬に扇雀、力弥に虎之助、小浪に玉太郎でした。皆さん初役での力演でした。


終演後、13名の参加を得て、近くのダイニングバーイングで懇親会を持ちました。新しいメンバーも増え、楽しい時間を過ごしていただきました。今年は、1月の歌舞伎、5月の文楽、9月の歌舞伎と三回の観劇会を持ちました。
来年は、1月17日、新国立劇場の日本芸術文化振興会企画の歌舞伎公演の観劇会を予定しています。多数の御参加をお待ちしています。
以上(神村安正)