キネマ通信(#21)

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5月にハルビン、長春を旅してきました。長春(満州時代の新京)では何はともあれ旧満映撮影所跡を見学しました。(上の写真は訪問時に撮ったもの、下は満映本社の写真です)

満洲に詳しい方はよくご存知と思いますが、満映(満洲映画協会)は、満洲国と満鉄(南満洲鉄道株式会社)が折半出資した国策会社で、日本側理事長をあの甘粕正彦が勤めたことや、中国人スターとして売り出した李香蘭がいたことで未だに有名です。 ただ、その政治面への注目が大きいため、映画制作についてはそれほど知られていません。 今回の旅では映画制作に焦点を当て、1937年から1945年の会社解散まで、多い年で30本もの作品が日本人監督、中国人監督のもと制作された事実に注目しました。現、中国映画産業は制作本数、興行収益共に世界2位という位置にありますが、その基盤は満映時代から続く中国人材だったと言われています。詳細はエッセイにて。(菅原)

5月某日、私はハルビン市内で映画を見ていました。 これまで多くの国で映画を観てきましたが、中国は初めて。 切符を購入する手順さえ知らず、しかし、今回の旅では現金を一切使用することがなかったので、映画館での支払いもAlipayで可能だろうと思い、出撃を決意しました。
(映画館入り口には自動発券機が並びさらに係員が操作の手順を親切に教えてくれる)

現在の中国は、少なくとも大都市では現金でのやり取りはほとんどなくて、路上の野外床屋さえノーキャッシュ。 出発前にAlipayアプリをスマホに入れて、そのアプリに私のクレジットカードを連携させることで、現地ではどんな買い物もQRコードを示す、あるいはこちらで読み取ることで簡単にできました。
さて、向かった映画館は「万達シネマ(Wanda Cinema)」、ハルビン最大の繁華街「中央大街」が松花江にぶつかる最高の場所にあるエンタメビルの中にIMAXを含む9スクリーン合計2000席を擁する大型劇場です。 Wandaグループは同様スケールの劇場を市内4箇所で運営していて、中国映画産業の興行部分の規模がわかります。

観たのはご存知の方も多い「LoveLetter」です。岩井俊二監督1995年作品で主役を最近亡くなった中山美穂さんが演じています。全編北海道ロケを敢行し、それが中国、韓国で評判となり北海道がインバウンドのメッカになったという曰くつきの作品です。 


今回は4Kリメイク版での上映ということで多数の観客を期待したのですが、当日最後の上映回だったということもあり、200名収容の中型スクリーンに20名程度の入り。その上、中国人の映画鑑賞というのは非常に個性的で、面白くないと上映中でもどんどん退出してしまいます。 結果、最後のエンドロールまで残っていた人数は10名程度。この作品は中国、韓国で評判になったとは日本の制作会社の弁ですが、少なくとも中国人2には人気があまりないことはわかりました。
日本のシネコンでは、人気のない作品は大型スクリーン → 小型スクリーン、上映回数減少、上映時間を早朝あるいは最終回に移動、など機動的な対処をし、最終的には静かに上映対象から外します。中国では日本の映倫にあたる国家電影局の厳しい審査を通った外国作品は不人気を理由に上映予定を短縮することは認められておらず、このLoveLetterのように観客がいないのに上映を続けるという不都合が生じます。

国家電影局で認可される外国映画は年間120本程度とのことですから、LoveLetterは貴重な1本と言えま
す。

どんな作品がこの Wanda Cinema で上映されているのか、館内のポスターをチェックしてみました。意外なことは、この週の上映作品は中国3、アメリカ3、日本3でヨーロッパ作品が皆無だったこと。

たまたまこの週だけかもしれませんが、中国の観衆が求める映画はアメリカと日本、という傾向が見られます。ところで、LoveLetterのポスターを探したのですが、館内には貼られていませんでした。 何か意図があるのでしょうか。

世界の映画生産ランキングを見ると、ずっとアメリカが1位ですが、その地位は下がりつつあります。 下がったポイント以上に上昇中なのは中国の映画生産です。現在米国に次ぐ世界第2位となっています。 そして、3位の英国は、そのほとんどが米国資本で作られていますから、英米映画とひとまとめにすると、英米、中国の次は日本ということになります。まさに Wanda Cinema 上映作品国別ランキングと同じです。

日本で紹介される中国映画が少ないため、日本の映画ファンには馴染みが薄いのですが、私がこれまでみた数少ない作品から考察すると中国映画にはいくつかの特徴があります。 

① 規模の大きさ:中国本年度公開作品の興行収入1位は「魔童闘海」という中国神話をアニメ化したもので、すでに153億元の売り上げを記録しています。(興行続行中)日本の全映画興行収入が2070億円(103億元)ですので、中国のヒット作品1本の売り上げは日本の全映画収入を抜く、まさにモンスターです。

② 愛国主義的ストーリー:昨年、日本で「Born To Fly ー 長空之王」という2023年の作品をみました。 ストーリーはまさに国威発揚ムービーなんですが、登場するステルス型戦闘機は、中国が開発した第5世代ステルス戦闘機「殲-20(J-20)」です。その珍しい飛行場面がこれでもか、というくらい登場するので、ドキュメンタリーと割り切ると観る価値の高い作品でした。

③ 政治色抜き、国際情勢反映せずの制作姿勢:国家電影局の許可が一番とりやすく、また観衆動員力が強いのは中国神話を扱うアニメです。「魔童闘海」はまさにそれで、すでに数本がシリーズとして制作され、全てヒットしました。テーマは古代歴史ですので、政治色ゼロです。

以上のような背景を知ると中国での日本映画鑑賞は大変貴重な機会に思えます。 観客もまばらなシートに座り、QRコードで座席のマッサージ機能をONにして大画面を見ていると、中国旅行も悪くはないなという感覚が沸々と湧き起こります。 今回の旅全般で感じたことですが、中国の清潔度は確実に上がっていて、この映画館も座席周りが清潔だったのが嬉しかったです。
(次号に続く)

今回のハルビン訪問の目的の一つは中国東北地方の食を体験することでした。
中国料理は、その広大な国土と多様な気候・文化の違いにより、地方ごとに大きく 「八大菜系(はちだいさいけい)」 に分類されるのが一般的です。しかし、旧満洲エリアをさす東北部の料理はこの中に入りません。 東北料理が中国料理の一分野と認められた清代にはすでに八大菜系として漢民族による中華料理が出来上がっていたからだそうです。ただ、現代日本で体験する中華料理には東北料理がたくさん紹介されていて、我々日本人には珍しい体験というより、日本で食べるものの原型を見る体験、とでもいうのでしょうか、非常に懐かしさを感じるハルビンの食でした。(下の写真は左から、焼き餃子、厚焼豆腐、豆腐サラダ)

  1. 「教皇選挙」 鈴木謙一 (4)
  2. 「教皇選挙」 菅原信夫 (4)
  3. 「侍タイムスリッパー」 石毛謙一 (5)
  4. 「ノー・アザー・ランド(故郷は他にはない)」 鈴木謙一 (4+)
  5. 「パーフェクト・デイズ」 松山信洋 (4.5)
  6. 「金子差入店」 真木郁夫
  7. 「父と僕の終わらない歌」 千崎滋子 (3.5)
  8. 「恍惚の人」(1973年)と「父と僕の終わらない歌」(2025年)を観比べる 菅原信夫 (4) (4.5)
  9. 「敵」 松山信洋 (4)
  10. 「恋におちたシェークスピア」 石毛謙一 (5)
  11. 「Flow」 「HEREー時を超えて」「ノー・アザー・ランドー故郷は他にない」本田安弘 (5) (4) (4)

世の中には様々な巡り合わせがある。表題の3人の俳優の巡り合わせとそれぞれの作品について紹介したい。結論的には、BSプレミアムシネマで放映予定の「モンタナの風に抱かれて」(4/22,BS1,13:00~)と3月公開され、今もミニシアターで上映中の「Badlands」(邦題:地獄の逃避行)、さらには「さらば愛しきアウトロー」(今のところ公開予定はないが、TV放映も気にとめてください)を見て素晴らしい俳優たちに巡り会ってほしいということに尽きる。

ロバート・レッドフォードは1936年生、88歳、カリフォルニア州出身。映画界で俳優・監督・プロデューサーとして高い評価と人気を得て60年にわたり多大な功績を残して引退した。
スカーレット・ヨハンソンは1984年生、40歳、ニューヨーク州出身。歌手でもある。8歳の時舞台デビューし、1994年に映画デビュー。多くの話題作に出演し、高い評価を受け、出演作の累計興収は8500億円超と言われている。映愛会名作上映会でも「真珠の耳飾りの少女」(2013、19歳)で印象を残している。勿論ピカピカの現役で広いジャンルの予定作が続いている。
シシー・スペイセクは1949年生、75歳、テキサス州出身。歌手の実績も大きい。1972年映画デビュー、その後多くの作品に出演しアカデミー賞主演女優賞も受賞している(「歌え!ロレッタ愛のために」)。

「地獄の逃避行」(バッドランズ)
シシーの映画第2作目が「地獄の逃避行」(原題Badlands、1973、テレンス・マリック監督・脚本・製作)である。アメリカ映画史に残るロードムービの傑作と言われているが、日本では劇場公開が見送られ、1980年に深夜TV放映された。
10代の男女が恋に落ち交際に反対する娘の父親を射殺し、その後も殺人を重ね逃避行を続ける。実話をベースにした物語。
シシーは15歳の少女ホリーを演じ、清掃係の男キットはマーティン・シーンである。彼は「地獄の黙示録」で有名になり邦題にも客集めをもくろんで“地獄”を取り入れたのだろう。現在話題作として、映画館初公開中だ。

「モンタナの風に抱かれて」
ロバート・レッドフォードとスカーレット・ヨハンソンの出会い。「モンタナの風に抱かれて」は1998年公開されたロバート監督・製作・主演作である。スカーレットは弁護士の父と雑誌編集長の母との裕福な家庭の13歳の一人娘グレースを演じる。
グレースが乗馬中の事故で片足を切断し、愛馬も暴れ馬になってしまう。娘と馬の心の回復のために母親は馬の調教に長け癒やす力を持つカウボーイを訪ねる。母親とカウボーイの交流がモンタナの大自然の中で詩情豊かに描かれていく。グレースを演じるスカーレットは可憐で、屈折した心模様をうまく表現して、将来の大器を予見させる。

「さらば愛しきアウトロー」
そして、ロバート・レッドフォードとシシー・スペイセクとの出会いはともに晩年。ロバート82歳、シシー69歳。「さらば愛しきアウトロー」(2018、デヴィッド・ロウリー監督)誰一人傷つけることなく、温厚な老紳士風で大胆不敵な銀行強盗を繰り返す実在の強盗フォレスト・タッカーをモデルにした軽快な犯罪コメディである。犯行と服役を繰り返し脱獄の名手でもあった。タッカーをロバートが演じ、逃走中に出会う未亡人牧場主ジュエルをシシーが演じる。彼女は実に颯爽としてチャーミングな老婦人で文句なしに魅了されてしまう。この映画に関するシシーのインタビューを記録したYouTubeの映像を見てもその魅力に圧倒される。この映画で初めてシシーを知り「地獄の逃避行」に遡ってしまった。ついでながら、4/28、20:00~、BS260松竹東急で彼女の出演作「ストレイト・ストーリー」(1999,デヴィッド・リンチ監督)が放映される。

ロバート・レッドフォードは二人の実力派女優を私たちに巡り会わせてくれた。子役のスカーレットと魅力溢れる老女優のシシー。ともに女優として高い評価を受け、長いキャリアの中で素晴らしい作品を積み上げている。

以上

今日は朝からCNNを付けっ放しにして、そのTVの傍で本誌の編集作業をしています。CNNを見る理由は、6月7日土曜日から始まったLAにおける騒乱です。 LAには知人も多く、彼らの多くがPasadenaやAltadena、Glendaleなど東側の丘陵地帯に住んでいます。 この地域はダウンタウンLAに比べると静かで多文化コミュニティーが成熟しているという良さがありました。

ところが、新年早々の山火事ではこの丘陵地帯の樹々が燃え出し、Altadenaなど街の半分が灰となりました。1月終わりには火事の鎮圧が当局から発表されましたが、東京23区の三分の一に当たる面積が灰燼に帰すという大惨事となりました。 知人は一時帰国し、火事現場を映す現地のYoutube画面に連日連夜釘付けになっていましたが、なんたる悲劇、自分の家が燃えている画像を見ると同時にフライトを予約し、LAに戻ってゆきました。

そして今度はLAでの騒乱。これもダウンタウンだけでの騒ぎと思いきや、州兵の駐屯地は北東の丘陵地にあり、Pasanena Highway など、ダウンタウンにつながる自動車道路は通行が制限されているそうです。この北東丘陵地域には不法移民も多いというリポートもあり今や警戒地帯となっています。

このところ、映画が現実に先行して我々に予想される状況を教えてくれることが多いです。今回のLAについても、「シビル・ウオー」のように、LAが合衆国分裂のスタートになるのか、あるいは「教皇選挙」は現実の教皇の交代を薄々知っていて、全く新しい国から教皇が選ばれることを知って制作されたのか、などなど。

映画と時代が並行して進む昨今、我々の映画鑑賞方法もかなり変わってきています。 どんな映画が現在上映されていて、それは良作なのか?これは見た方の感想から判断するのが確実な道で、そのためには早く感想に接する必要があります。「キネマ通信」では、投稿者の皆さんが一斉同報メールにアップされた記事をそのままクラウドに収納の上、URLをまとめてお伝えする形に変更しました。最新情報は一斉同報メールで会員から発信される記事を、その記録は「キネマ通信」で、という役割分担がはっきりしてきました。 会員の皆様のご意見をお寄せください。

以上(菅原信夫)

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